大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和55年(行ケ)4号 判決 1982年9月28日

原告

(別紙選定者目録記載一三一名の選定当事者)

清水治一

右訴訟代理人

山本次郎

畑良武

被告

大阪府選挙管理委員会

右代表者

長谷川元一

右指定代理人

井筒宏成

外六名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  原告

(一)  昭和五五年六月二二日に行われた参議院地方選出議員選挙の大阪府選挙区における選挙を無効とする。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決。

2  被告

(一)  本案前の申立

本件訴えを却下するとの判決。

(二)  本案の申立

主文と同旨の判決。

二  当事者の主張

1  請求原因

(一)  原告を含む別紙選定者目録記載の選定者一三一名は、昭和五五年六月二二日に行われた参議院地方選出議員選挙(以下「本件選挙」という。)の大阪府選挙区における選挙人である。

(二)  本件選挙は、次の理由によつて違憲、無効である。

すなわち、本件選挙は、公職選挙法(以下「公選法」という。)一四条、同別表第二による選挙区及び議員定数の定め(以下「本件議員定数配分規定」という。)に従つて実施されたものであるところ、右配分規定による各選挙区間の議員一人当りの有権者分布差比率は、最大5.37(神奈川県選挙区)対一(鳥取県選挙区)にも及んでおり、原告の大阪府選挙区と鳥取県選挙区とのそれは4.36対一に及んでいる。これは、なんらの合理的根拠に基づかないで、住所(選挙区)のいかんにより、一部の選挙人を差別し、不平等に取り扱い、各選挙区間における選挙人の投票価値に著しく格差を設けるものであつて、各選挙人の投票価値の平等を保障している憲法一四条一項、一五条一項、三項、四四条に違反するものであるから、右配分規定に基づいて行われた本件選挙は無効である。

なお、その詳細を補充すると、別紙(一)記載のとおり(ただし、原告の訴状及び昭和五五年一二月二三日付訂正事項の指摘と題する書面各添付の別表の過不足比率欄中、宮城の該当箇所に「−35.46」とあるのは「+35.46」の誤記と認める。)である。

(三)  よつて、原告は、公選法二〇四条に基づき、大阪府選挙区における本件選挙を無効とする旨の判決を求める。

2  被告の本案前の主張

本件訴えは、次の理由によつて不適法であるから、却下されるべきである。

(一)  本件のように議員定数配分規定の違憲、無効を理由とする選挙無効の訴えは、公選法の予想するところではなく、現行法体系の規定の仕方及び民衆訴訟の本質からみて、公選法二〇四条所定の要件に適合しないし、また同条の拡張解釈によつてもなおその限界を超えるものであるから不適法である。

(二)  議員定数配分規定のような問題は、高度の政治的、技術的要素が絡むため、本来的に立法的解決にゆだねることとして、司法としては自己抑制を強く働かせるべき分野であり、この点についてのアメリカや西ドイツの判例、学説等は、制度を根本的に異にするわが国に直ちに採用できるものでもないから、本件訴えは、裁判所の審査権の及ばない事項を対象とするものであつて不適法である。

なお、その詳細を補充すると、別紙(二)記載のとおりである。

3  請求原因に対する被告の認否と反論

(一)  請求原因(一)の事実は認める。

(二)  同(二)の事実のうち、本件選挙が公選法一四条、同別表第二による本件議員定数配分規定に従つて実施されたものであること、本件選挙当日の各選挙区における有権者数(ただし、千葉県選挙区と全国合計のそれを除く。)、右配分規定による議員一人当りの有権者数(ただし、千葉県選挙区と全国平均のそれを除く。)及び議員一人当り有権者数の全国平均と鳥取県選挙区に対する各有権者分布差比率がそれぞれ原告主張の別表一記載のとおりであつて、原告の大阪府選挙区と鳥取県選挙区との間の右比率が4.36対1、神奈川県選挙区と鳥取県選挙区との間の右比率が5.37対1であることは認めるが、右括弧内の点は否認し、その余の主張は争う。

本件選挙の実態分析は別表二記載のとおりであり、これによつて明らかなごとく、右括弧内に関する有権者数は千葉県選挙区が三一四万七七七六人、全国合計が八〇九二万五〇三四人であり、議員一人当り有権者数は千葉県選挙区が一五七万三八八八人、全国平均が一〇六万四八〇三人である。

ところで、およそ原告とは無関係の選挙区間における前記比率を論じてみても無意味であるが、いまこの点を措くとしても、前記のごとき最大格差であれば、いまだ国会の裁量の範囲内にあるものというべく、なんら憲法に違反するものではないし、仮に、上限(神奈川県選挙区)において憲法に違反したとしても、大阪府選挙区における偏差の程度であれば憲法に違反しないものというべきである。

なお、詳細を補充すると、別紙(三)記載のとおりである。

4  被告の本案前の主張に対する原告の認否と反論

被告の右主張は争う。

公選法二〇四条に基づく本件訴えは適法というべきであつて、その理由の詳細を補充すると、別紙(四)記載のとおりである。

三  証拠関係<省略>

理由

一本件訴えの適否について

1  原告を含む別紙選定者目録記載の選定者一三一名が、いずれも昭和五五年六月二二日に行われた参議院地方選出議員選挙(本件選挙)の大阪府選挙区における選挙人であつたことは当事者間に争いがなく、本訴が右選挙の日から公選法二〇四条所定の三〇日以内である同年七月二一日当裁判所に提起されたものであることは本件記録上明らかである。

2  そこで、被告の、本件訴えは不適法として却下されるべきである旨の本案前の申立について検討する。

(一)  被告は、まず、本件のように議員定数配分規定の違憲、無効を理由とする選挙無効の訴えは、公選法の予想するところではなく、現行法体系の規定の仕方及び民衆訴訟の本質からみて、公選法二〇四条所定の要件に適合しないし、また同条の拡張解釈によつてもなおその限界を超えるものであるから不適法である旨主張する。

なるほど、公選法二〇四条所定の選挙無効訴訟は、当該選挙の事務を管理する選挙管理委員会の選挙の管理、執行上に瑕疵があつた場合に、その是正のため、当該選挙の効果を失わせ、改めて同法に基づき当該選挙管理委員会の権限によつて適法な再選挙を行わせること(同法一〇九条四号)を目的とするものであつて、果たして本件議員定数配分規定のごとく公選法の規定自体の違憲、無効を理由として選挙の効力を争う場合までをも予想し、規定されたものかどうかは極めて疑わしいし、およそ右のような選挙規定自体の適否が、選挙管理委員会の職務権限ないし責任と直接関係するものでないことも明らかというべきである。

しかしながら、公選法二〇四条に基づく前記訴訟は、現行法上選挙人が選挙の適否を争うことのできる唯一の訴訟であつて、これを措いては他に訴訟上公選法の違憲を主張してその是正を求める方途はないのであり、議員定数配分規定が各選挙区間における選挙人の投票価値の平等を保障している憲法の規定に違反するとして、前記のような選挙規定に基づく単なる管理執行上の瑕疵以上に重大な瑕疵を理由に選挙人が選挙無効の訴えを提起した場合に、被告主張のごとき理由でその出訴を許されないものとすることは、彼此著しく権衡を失し、法の本来の趣旨、目的からもかい離するものといわなければならない。また選挙人が右のような事由を主張して公選法二〇四条の訴訟形式によつて選挙無効の訴えを提起することが、前記公選法の規定において殊更に排除されているものといえないばかりか、これを許容することは、およそ国民の基本的権利を侵害する国権行為に対してはできるだけその是正、救済の途が開かれるべきであるという憲法上の要請にも沿うものというべきである。そして被告主張のように民衆訴訟である同条の訴えの不当な拡張解釈とみるのも正こくを射たものとはいい難いし、更に議員定数配分規定の違憲を理由とする選挙無効判決確定後の再選挙の場合に予想される、被告主張のごとき事実上の難点、不都合についてみても、それは事実上の問題にすぎず、前記説示の憲法上の要請に優先するものではなく、右主張は事の本末を転倒するものにほかならないとのそしりを免れない。

したがつて、被告の前記主張は到底これを採用することができない。

(二)  被告は、更に、議員定数配分規定のような事項は、高度の政治的、技術的要素が絡むため、本来的に立法的解決にゆだねることとして、司法としては自己抑制を強く働かせるべき分野であり、この点についてのアメリカや西ドイツの判例、学説等は、制度を根本的に異にするわが国に直ちに採用できるものでもないから、本件訴えは、裁判所の審査権の及ばない事項を対象とするものであつて不適法である旨主張する。

たしかに、国会が公選法中の右配分規定、なかんずく参議院議員のそれをいかに定めるかについては、後記説示のごとき多くの複雑微妙な政策的、技術的考慮要素が含まれていることは否定できないし、わが国と諸外国との法制上の差異についても顧慮してみなければならないけれども、本件訴えの理由とされているような、議員定数配分規定の内容が各選挙区間の選挙人の投票価値の平等を侵害しているか否かという事項は、後記説示からも明らかなその固有の性質にかんがみると、裁判所の司法審査を排除してしかるべきほどの高度の政治性を有するものということは到底できないし、憲法上の明文をもつて立法府あるいは行政府の専権的な判断事項として定められているものでもないから、一般に裁判所の判断を妨げるものではないというべきである。

したがつて、被告の前記主張も採用の限りではない。

3  そうすると、被告の本案前の申立は失当たるを免れず、本件訴えは適法というべきである。

二本案について

請求原因(一)の事実は前記のとおり当事者間に争いがないところ、原告は、本件議員定数配分規定は、なんらの合理的根拠に基づかないで、住所(選挙区)のいかんにより、一部の選挙人を差別し、不平等に取り扱い、各選挙区間における選挙人の投票価値に著しく格差を設けるものであり、各選挙人の投票価値の平等を保障している憲法一四条一項、一五条一項、三項、四四条に違反するから、右配分規定に基づいて行われた本件選挙は無効である旨主張するので、この点について検討する。

1  憲法は、国会は、衆議院及び参議院の両議院で構成するものとし(四二条)、参議院議員の任期についてはこれを六年とし、三年ごとに議員の半数を改選するものと定め(四六条)、国会両議院の議員の選挙について、議員の定数、選挙区、投票の方法その他選挙に関する事項は法律で定めるべきものとし(四三条二項、四七条)、これを受けて公選法は、参議院議員の定数を二五二人とし、そのうち一〇〇人を全国選出議員、一五二人(沖繩の復帰に伴う改正により二人増員)を地方選出議員とすること(四条二項)、地方選出議員の選挙区及び各選挙区において選挙すべき議員の数は別表第二で定めること(一四条)を規定し、別表第二による本件議員定数配分規定上では、都道府県をそれぞれ一選挙区(いわゆる全県一区)として四七選挙区に分け、三年ごとに改選される七六人の配分は、東京、北海道各四人、愛知、大阪、兵庫、福岡各三人、福島ほか一四府県各二人、残り青森ほか二五県各一人とされているところ、本件選挙が右のような本件議員定数配分規定に従つて実施されたものであること、本件選挙当日の各選挙区における有権者数(ただし、千葉県選挙区と全国合計のそれを除く。)、右配分規定による議員一人当りの有権者数(ただし、千葉県選挙区と全国平均のそれを除く。)及び議員一人当り有権者数の全国平均と鳥取県選挙区に対する各有権者分布差比率がそれぞれ原告主張の別表一記載のとおりの数値であることは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、右括弧内に除外した数値はそれぞれ被告主張の別表二の該当箇所記載のとおりであることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右の事実によつてみると、本件選挙時における各選挙区間の議員一人当りの有権者数には、多岐多様にわたる格差が生じており、有権者分布差比率の最大のものは神奈川と鳥取の5.37対1に及んでいるほか、別表一、二記載の数値から知られる議員一人当り全国平均有権者数からの偏差をみてみると、東京、神奈川、大阪、埼玉の四選挙区については、右平均を上回る過剰有権者数が、更に議員一人当り全国平均有権者数をも上回るほど過小代表となつていることが明らかである。

2  ところで、国民主権主義に立脚する現代民主制国家において、選挙権は国民の国政への参加の機会を保障する基本的権利であり、とりわけ個々の国民の選挙人資格の身体的、精神的又は社会的諸条件に基づく属性の相違を捨象して各人を等しく取り扱うことを要請する選挙権の平等原則は、多年にわたる民主政治の歴史的発展の所産として結実したものであつて、わが憲法も、国民主権の民主制原理を標ぼうし(前文、一条)、法の下の平等の原理を一般的に宣明している(一四条)ほか、国会の両議員の議員を選挙する権利を国民固有の権利として成年者である国民のすべてに保障し(一五条一項、三項)、選挙人資格については、人種、信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産又は収入によつて差別してはならないと定めており(四四条ただし書)、両議院は全国民を代表する選挙された議員で組織すること(四三条一項)として、国民公選制を両議院に共通する原則として採用していることにかんがみると、参議院地方選出議員の選挙における各選挙人の選挙権についても、憲法は、他の国会議院の選挙の場合と同様に、形式的な選挙権行使の数的平等(一人一票の原則)を保障しているにとどまらず、選挙権の内容の平等、すなわち、各選挙人の投票が選挙の結果に及ぼす影響力においてもその住所(選挙区)のいかんによつて差別しないとの投票価値の平等をも、基本的には、要求しているものといわなければならず、この選挙区間の投票価値の平等が、本来的には、各選挙区において選出される議員一人当りの人口又は有権者数の均等化によつて実現されるべきものであることは明らかというべきである。

しかしながら、代表民主制の下における選挙制度は、選挙された代表者を通じて、国民の利害や意見が公正、かつ、効果的に国政の運営に反映されることを目標とし、他方、政治における安定の要請をも考慮しながら、実情に即して具体的に決定されるべきところにその要ていがあり投票価値といつても、それは、選挙制度の仕組みと密接に関連し、その仕組みのいかんにより、結果的に各投票が選挙の結果に及ぼす影響力に差異を生じうることも免れないところであるから、全国を多数の選挙区に分け、各選挙区に議員定数を配分し単記投票をもつて選挙を行うという制度をとる場合において、投票価値の平等をその絶対的な形において実現し、各選挙区の人口ないし有権者数と配分議員数との比率を数学的に完全に同一のものとなるように議員定数配分規定を定めることは、技術的、政策的に至難であつて、わが憲法がそこまで徹底した人口比例原則を要求しているものと解することはできない。憲法は、右のような理由から、前述のごとく、両議院の議員の各選挙制度の仕組みの具体的決定を原則として国会の合理的裁量にゆだねられているのであり、投票価値の平等についても、これをそれらの選挙制度の決定について国会が考慮すべき唯一絶対の基準としているわけのものではなく、公正、かつ、効果的な代表制度の実現を図るという見地から国会が正当に考慮することのできる他の政策的目的ないしは理由との関連において調和的に実現されるべきものと解すべきである。

3  そこで、まず、本件議員定数配分規定の制定の由来についてみると、のちに公選法(昭和二五年法律第一〇〇号、同年五月一日施行)に統合された参議院議員選挙法(昭和二二年法律第一一号)は、参議院議員の総定数二五〇人を全国選出議員一〇〇人、地方選出議員一五〇人に区分し、後者の選挙区及び各選挙区における議員定数については同法別表においてこれを定めているが(一条)、その内容は、公選法施行後の沖繩の復帰に伴つて追加された同県選挙区の定数二の増員を除き、現行の本件議員定数配分規定の前記内容と同一で、そのまま公選法に引き継がれたものであるところ(以下、右参議院議員選挙法別表を「本件議員定数配分規定」ということもある。)、<証拠>によれば、

(一)  参議員議員選挙法案の審議過程における政府の提案理由説明によつてみると、参議院の組織、構成は、両院制の本旨に照らし、国民代表及び自由、平等選挙の原則の下に参議院の独自性を確保すべく、衆議院とはできるだけ異質な、参議院にふさわしいものとすることとし、その地位と権能にかんがみ議員の定数は衆議院に比して相当減少させ、かつ、議案審査その他議院の活動に支障を及ぼさないようにするため前記のとおり総定数を定め、全国選出議員についてはつとめて社会各部門、各職域の知識経験者が選出されることを容易にし、地方選出議員については地方の実情に精通した地域代表的な性格を有するものとして設けられたものであること。

(二)  同法別表の前記定数配分は、昭和二一年四月の臨時統計調査人口による総人口(七三一一万四一三六人)を定数一五〇で除して得られる数値(四八万七四二七人)を基礎としてこれに対し議員一人を振り当てることとし、各都道府県の人口に比準して最低二人、最高八人との間において、憲法上の半数改選制(四六条)との兼ね合いから、それぞれ偶数人員を配当するよう整序したものであり、奇数選挙区を設けることの当否についても論議されたが、憲法上の右制度の精神に必ずしも合致せず、技術上の困難さもあるとの理由で採用されなかつた経緯があること。

(三)  それによると、人口四万人余の違いがあるにすぎない栃木と宮城の間では定数において二人の差異を生じ、また議員一人当たりの人口分布差比率の最大のものは宮城と鳥取の2.62対1に及ぶけれども、これらの点についてはそれが憲法の規定に違反しているというような格別の論議はなく、配当技術上やむをえないこととして、同法案は可決成立をみたものであり、参議院議員選挙法施行後初の参議院地方選出議員選挙である昭和二二年四月二〇日執行の選挙における議員一人当りの有権者分布差比率の最大のものは岐阜と鳥取の2.51対1であること。

が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

ところで、わが憲法は、両院制を採用し、衆、参両議院の組織及び権限に重大な差異を設け、参議院に対しては、衆議院を抑制し、審議を慎重、かつ、合理的ならしめるとともに、衆議院が活動不能となつた場合にこれを補充すべき役割を負わせているのであり、これを右認定の事実に照らして考えてみると、本件議員定数配分規定は、憲法が採用した右のような両院制の機能をより有効、かつ、効果的に生かすため、参議院の構成に衆議院とはできるだけ異なつた特色を与える(なお、第九〇回帝国議会においてその旨の附帯決議がなされている。)との政策的配慮から、参議院地方選出議員の総定数を一五〇人(制定当初)としたうえ、一定の枠内、すなわち、最小人口区でも定数二人は確保し、かつ、各選挙区とも偶数人員を配分するとの前提の下において、基本的には、人口比例の原則に基づいて定数配分をしたものであつて、国会が右のような原則を定数配分の基礎として採用したことは、もとよりその裁量権の範囲内に属するものというべきであるし、また前記認定したところによれば、本件議員定数配分規定の制定当初において、各選挙区間における議員一人当りの人口分布に前記のような格差があつたからといつて、そのことのゆえに右配分規定が不合理なものということはできない。

4  次に、本件議員定数配分規定を投票価値の平等の要請にも適合するように決定するうえにおいて、国会が人口比例の原則の他に、あるいはこれと調和的に考慮してしかるべき要素があるかどうかについて検討する。

(一)  まず、参議院には、同時に選挙される地方選出議員と全国選出議員があるため、地方選出議員の定数が制約され、このことが人口比に応じた定数配分を困難にする一因となつているのみならず(もつとも、全国区制度は憲法の要請するところではなく、その存廃ないし改革をめぐつて種々の議論はあるが、ここでは別論とする。)、三年ごとの半数改選制は憲法上の要請であるため、各選挙区にその有権者数(人口)のいかんにかかわらず現行の最低二人(改選期ごとに一人)の議員定数を配分しなければならないとの制約を考えなければならない。

もつとも、原告主張のごとく、右半数改選制については、憲法上、各選挙区ごとの半数改選そのものが要求されているわけではなく、議員総数において半数改選であればよく、各選挙区ごとに半数改選とするか否かは立法裁量にゆだねられているところではあるけれども、現行の前記配分方法が簡明、かつ、合理的というべきであるから、結局、現行の総定数を前提とする限り、人口比例部分に振り向けられるのは、総定数一五二人中、四七選挙区各二人合計九四人を除いた残余の五八人にすぎず、人口比例の原則を貫くことが法技術的に極めて困難であつて、衆議院議員の定数配分規定である公選法別表第一の末尾の「本表は、この法律施行の日から五年ごとに、直近に行われた国勢調査の結果によつて、更正するのを例とする。」との規定が、参議院議員選挙法別表及び公選法別表第二に設けられていないことも、このことを裏書するものというべきである。

(二)  原告は、各選挙区間における議員一人当りの有権者数の分布差比率は最大二対一にとどめるよう本件議員定数配分規定を定めるべきである旨主張する。

しかし、前記のように最小人口区にも議員二人を配当することとして全選挙区の議員偶数制をとる現行の方式に合理性を認める以上、これを前提として右主張の比率の範囲で各選挙区間に人口比例によつて順次定数を配分しようとすれば、現行の総定数を大幅に増やさなければならないことは、計数上明らかであるし、参議院議員のいわゆる総定数少数主義は憲法上の要請ではないにしても、前記認定の参議院議員選挙法案の審議経過からもうかがい知られるように、参議院地方選出議員の現行総定数が、憲法の採用した両院制の本旨に照らし、全国選出議員及び衆議院議員の各定数との均衡なども考慮して慎重に決定されたものであること、会議体として適正規模を確保するためには、総定数の増員といつても、そこにはおのずから限度があることなどにかんがみると、定数を安易に増員することの合理性は、いま直ちにこれを肯認し難いものといわざるをえない。

なお、原告は、最大格差を前記主張の比率のとおりに押さえるという、そのいわゆる「二対一」原則の厳密な適用が不可能ではないかのような主張もするけれども、その具体的な配分方法についてなんら主張するところはないのみならず、<証拠>によつて明らかなように、昭和五二年七月一〇日執行の参議院地方選出議員選挙ではあるが、有権者総数を現行定数七六で除した数値を基にし、現行総定数の枠内においてこれが可能な限り均等となるよう現行の前記配分方式によつて定数配分の試算をしてみたものが別表五、これに基づいて右選挙を行つたと仮定した場合の選挙区実態分析をしたものが別表六であつて、これによつても、上限(京都)と下限(鳥取)との格差は四倍強に及ぶのであり、前記認定の本件選挙時における有権者分布に照らしてみると、人口比例の要素を最大限しんしやくしてみても、現行総定数を前提とする限り、右程度の比率以下に最大格差を押さえることが困難であることをうかがうに十分である。

したがつて、原告の前記主張は、たやすくこれを採用し難いものといわざるをえない。

(三)  更に、前記のとおり、参議院地方選出議員は、もとよりその選挙母体である当該選挙区のみを代表するものではなく、全国民を代表するものとされているけれども、次の諸事情を考えれば、それは、衆議院議員及び参議院全国選出議員との対比において、これらと全く同様の国民代表的性格を有するものと直ちにはいうことができない。すなわち、衆議院については、明治憲法以来議会において強度に国民代表的色彩を持つていたという伝統があるうえ、現行憲法上、衆議院議員は参議院議員よりも任期が短く、更に衆議院には解散制度があり、国民によつてより頻繁に直接にコントロールされる可能性が認められており、参議院に比べて国民代表的性格がより強いと考えられるし、また、前記の参議院議員選挙法案の審議経過によれば、参議院全国選出議員は、本来的に、社会各部門、各職域の知識経験者の選出が予定されているのに対し、参議院地方選出議員にあつては、地方の実情に精通した地域代表的性格を有するものとして設けられたものとされていることが、明らかというべきである。そして、都道府県は、わが国の政治及び行政の実際において、従来、伝統的に、地方自治の根幹をなすものとして重要な役割を果たし、国民生活及び国民感情の上においても大きな比重を占めてきたという歴史的沿革があり、このような在来の行政区画を基礎として参議院地方選出議員の選挙区割を定めることは、選挙の管理執行上からも便宜、かつ、必要なものというべく、そうである以上、選挙区の面積、人口密度、有権者構成が多種多様となり、その間に大小の差を生ずることは避け難いところといわなければならないし、また社会の急激な変化の一つのあらわれとしての人口の都市集中化の現象が生じた場合、これをどのように評価し、政治における安定の要請も考慮しながらこれを議員定数の配分にどのように反映させるべきであるかということも、国会における高度に政策的な考慮要素の一つであることを失うものではない。そうだとすると、参議院地方選出議員にあつては、人口偏差そのものよりは、右のような都道府県制度や地方的特殊事情に着目して、過疎区からのある程度の過大代表や過密区からのある程度の過小代表をも容認することとして各地方の利害や意見を公正、かつ、効果的に代表させるということも、憲法上の国民公選制と相容れないものではないし、それなりの合理性があるものと認めなければならないのであつて、この点からいつても、人口比例によつて定数を配分することが、制度本来の必然的な、唯一絶対の原則であるということはできない。

5  以上検討したところに基づいて本件議員定数配分規定の違憲性の存否について考察する。

(一)  参議院地方選出議員選挙における議員定数配分の具体的な決定には、右にみたとおり、複雑微妙な政策的及び技術的要素が含まれており、これらをどのように、またどの程度において考慮するかについては、もとより客観的な基準が存在するわけのものではなく、ひつきよう、上来の考慮要素を総合しんしやくして行う国会の合理的裁量にゆだねられているというほかはないのであるから、本件議員定数配分規定が、各選挙人の投票価値の平等を保障している憲法の規定に違反しているか否かも、右配分規定の下における投票価値の不平等が、右裁量的判断を考慮してもなお、一般的にその合理性を到底肯認できない程度に明白に不合理なものとなるに至つていたかどうかとの見地から決せられるべきものというべきである。

(二)  そこで、この見地から本件議員定数配分規定の内容をみることとする。

本件選挙時における各選挙区間の議員一人当りの有権者分布差比率の最大のものが神奈川と鳥取の5.37対一に及んでいたことは前記のとおりであるが、最小人口区の鳥取については、前述した参議院の特殊性からして、本来、人口的要素とは無関係に議員定数二人が配分されたものであるから、これを基準として右のような格差があるからといつて、その一事だけから、右配分規定が憲法上の投票価値の平等原則に明白に違反していると速断することは相当でなく、この意味においては衆議院の場合と全く同日に論ずることはできない。

しかしながら、前記認定のとおり、各選挙区間には現実に多岐多様にわたる格差が生じており、殊に東京、神奈川、大阪、埼玉の四選挙区については著しい過小代表となつていたことは明らかであるのみならず、前記認定の本件選挙時における各選挙区の有権者数と本件議員定数配分規定による議員定数との対比によつて明らかなように、本件選挙時においては、有権者数と議員定数の比率が逆転し、有権者の少ない選挙区の方が、有権者の多い選挙区よりも議員定数が多いという、いわゆる逆転現象が、多数の選挙区間で、しかも多岐にわたつて、顕著に生じていることに注目しなければならない。いまこれを詳しくみてみると、改選定数四人の北海道(有権者数三八四万人。万未満切捨て、以下同じ。)は同定数三人の大阪(五七〇万人)、愛知(四一五万人)及び同定数二人の神奈川(四六八万人)との間でそれぞれ逆転しているほか、同定数三人の右愛知及び兵庫(三五四万人)、福岡(三一五万人)は同定数二人の右神奈川との間で、同定数三人の右福岡は同定数二人の埼玉(三五三万人)との間で、同定数二人の群馬(一二八万人)、熊本(一二七万人)、鹿児島(一二六万人)、栃木(一二四万人)は同定数一人の岐阜(一三四万人)との間で、また同定数二人の右群馬以下の各選挙区及び福島(一四二万人)、岡山(一三三万人)と同定数一人の宮城(一四四万人)との間で、それぞれ逆転現象を来たしているのであつて、前記のごとく、投票価値の平等が最も本来的に実現されるべき機能を有する人口比例の原則に対し、参議院地方選出議員の選挙においては、非人口的要素の果たす役割が大きいとはいつても、本件議員定数配分規定も、基本的には、投票価値の平等に関する憲法の要請に沿うものでなければならない以上、人口比例の原則に全く背ちし、これを無意味にさせている右のような事態は、到底その合理性を肯定しえないものというべきである。

そして、およそ選挙区割及び議員定数の配分は、総定数と関連させながら、全選挙区を全体的に考察して決定されるのであつて、いつたんこのようにして決定されたものは、一定の議員定数の各選挙区への配分として、相互に有機的に関連し、一つの部分における変動は他の部分にも波動的に影響を及ぼすべき性質を有するものと認められ、その意味において不可分一体をなすものと考えられるから、結局、本件議員定数配分規定は、本件選挙時において、前記逆転現象に関係する各選挙区の該当部分だけではなく、全体として、選挙権平等の原則に関する憲法の要求には合致しない状態になつていたものといわなければならない。

被告は、議員一人当り有権者数の分布差比率について原告とは無関係の選挙区間におけるそれを論じてみても無意味であるし、原告がその選挙人である大阪府における偏差の程度であれば憲法に違反しない旨主張するが、議員定数配分規定は、前記のとおり、総定数との関連において不可分一体のものとして把握されるべく、人口異動に伴う定数不均衡の是正についても、過密区の増員、過疎区の減員を相関連して行われるべきであつて、特定選挙区に関する部分だけを抽出し、これを可分的に吟味すべきものではないから、右主張は採用の限りではない。

(三)  しかし、本件議員定数配分規定が、右のとおり、本件選挙時には選挙権の平等に関する憲法の要求に適合しない状態になつていたからといつて、そのことから直ちに右配分規定を違憲と断定すべきか否かについては、更に別途考究を重ねてみなければならない。

(1) 一般に、制定当時には憲法に適合していた法律が、その後における事情の変化により、その合憲性の要件を欠くに至つたときは、原則として憲法違反の瑕疵を帯びることになるというべきであるが、右要件の欠如が漸次的な事情の変化によるものである場合には、いかなる時点において当該法律が憲法に違反するに至つたものと断ずべきかについて慎重な考慮が払われなければならないところ、これを本件についてみると、前記認定したところによれば、本件議員定数配分規定は、その制定当初から憲法の投票価値の平等の要求に反していたものではなく、その後の人口異動、特に人口の都市集中化によつて漸次的に右要求に適合しなくなつたものと認められる。

そして、右のような人口の異動は不断に生じ、したがつて各選挙区における人口(有権者数)と議員定数との比率も絶えず変動するものであつて、このような場合に、いかなる時点において憲法の要求に反する不平等な状態になつたものと判定すべきかについては、必ずしも明白ではなく、また客観的な判定基準があるわけでもないし、そのような憲法不適合状態の除去のためには、新たな立法を必要とするところ、選挙区割と議員定数の配分を頻繁に変更することは必ずしも実際的ではなく、また相当でもないのみならず、本件議員定数配分規定は、制度上、衆議院の議員定数配分規定に比してより永続的、固定的なものとすべく、公選法もそのことを予定していると解されるし(公選法別表第二の末尾には同第一の末尾のような更正規定が設けられていないことは前記のとおりである。)、さきにみた参議院の特殊性とも絡み、右配分規定の是正には必ずしも解決の容易ではない技術的、政策的問題が伴い、その是正の時期、方法等の具体的な決定は、結局、国会が、将来の人口異動の予測その他正当にしんしやくされるべき各般の政策的要素とも関連してその合理的裁量によつて決すべきものと解するのが相当である。

そうとすれば、前記の事情の変化により憲法不適合状態となつた本件議員定数配分規定の是正実現についても、既往の期間を含め、それに必要なだけの合理的に相当な期間の猶予が認められてしかるべきであり、憲法もまた、そのことを許容しているものというべく、したがつて、国会が、叙上の見地から、憲法上要求される合理的期間内における是正を行わなかつたものと認められる場合に、はじめて違憲と断ぜられるべきものと解するのが相当である。

(2) そこで検討するに、<証拠>を参酌すれば、

(ア) 本件議員定数配分規定の具体的内容の決定の際にその基礎資料とされた昭和二一年四月当時の全国の人口(有権者数)分布状態は、その後に生じた人口異動に伴つて漸次的に変容を来たし、過密・過疎現象の進展に伴い、右配分規定による議員定数不均衡の是正問題が取り上げられるようになり、国会も、昭和三六年、さきに政令をもつて設置されていた選挙制度調査会(昭和二四年発足)に代り、内閣総理大臣の諮問機関として議員定数の不均衡是正問題を含む選挙制度の改革につき調査、答申することをその所掌事務とする選挙制度審議会の設置法を成立させ、同審議会において、第一次から第七次(昭和三六年六月から昭和四七年一二月まで)に至るまでその論議が続けられ、第七次審議会においては、参議院制度や参議院議員の総定数のあり方等の問題とも関連して定数是正策のための諸提言がなされたが、結局、昭和四七年一二月に内閣総理大臣に対し審議状況の報告を行うにとどまり、確定的な答申を出すには至らなかつたこと。

(イ) 本件議員定数配分規定の定める議員定数の不均衡については、この間に、それが憲法の要求する投票権の平等原則に反するとして選挙無効訴訟で争われることとなつたが、最高裁判所は、昭和三七年七月一日執行の参議院地方選出議員選挙(議員一人当りの有権者分布差比率の最大格差は4.09対一)及び昭和四六年六月二七日執行の同選挙(右最大格差は5.08対一)における右配分規定につき、いずれも合憲の判断を示しており(前者につき昭和三九年二月五日大法廷判決及び昭和四一年五月三一日第三小法廷判決、後者につき昭和四九年四月二五日第一小法廷判決)、その後、昭和四七年一二月一〇日執行の衆議院議員選挙時における公選法別表第一に関しては、昭和五一年四月一四日に同裁判所大法廷の違憲判決がなされたものの、本件議員定数配分規定の、本件選挙の前回選挙(昭和五二年七月一〇日執行)時における同選挙の憲法適合性に関しては、本件選挙当時までに同裁判所の判断は示されておらず、このような司法判断のすう勢と相まつて、右配分規定が憲法の規定に違反するに至つているものと判断すべきか否かについては、必ずしも明確に断定し難い情況にあつたこと。

(ウ) 前記配分規定の定数是正については、国会においても各党間で長期間に及ぶ各様の準備作業、法案審議が続けられ、前記昭和五一年最高裁判決もこうした是正論議に影響するところは少なくなかつたが、事柄は参議院制度の根幹にかかわり、根深い意見の対立もみられ、容易に調整、止揚することができず、いまだにその立法的解決をみるに至つていないこと。

が認められる。

(3) そこで考えるに、たしかに、前記説示のような本件議員定数配分規定の憲法不適合状態は、真に由由しい事態であるといわざるをえないし、その是正について終局的、かつ、唯一の権能と責務を有する国会は、事柄の重大性にかんがみ、高い視野からする識見と努力を傾注して、可及的速やかに適正な是正措置を講ずべきであり、またこれを期待すべきところでもあるが、しかし、右(2)の認定事実に照らせば、国会等関係機関は、現に是正のための努力を継続しているものと認められ、右是正の実現が期待し難いものと断定するに足りるほどの資料も見当らないし、前記のような右配分規定の決定に際し正当に考慮されてしかるべき諸要素、参議院の特殊性とも関連するその是正の技術的困難度その他諸般の事情を総合しんしやくして考えると、国会による是正実現のためには、既往の期間も含めて、いましばらくの時間的猶予を認めるのを相当とすべく、また憲法上もこのことが許容されているものと解するのが相当である。

そうとすれば、本件選挙の当時、憲法に適合しない状態になつていた本件議員定数配分規定について、憲法上要求される合理的期間内における是正がなされなかつたものと断ずるにはいまだ早計にすぎるものというべきである。

(四) そうすると、制定当時に合憲であつた本件議員定数配分規定が、原告主張のように、本件選挙の当時に違憲であつたとまで断定することは困難というべきである。

三以上の次第であつてみれば、本件議員定数配分規定が本件選挙当時違憲であつたことを理由として本件選挙の無効を求める原告の本訴請求は理由がないから、失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(島﨑三郎 高田政彦 篠原勝美)

被選定者清水治一選定者目録<省略>

別紙(一)、(二)、(三)、(四)<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例